完璧ばかり求めても、うまくいかないんです
今から3年くらい前ですかね。私、突然倒れて救急車で運ばれてしまったんです。当時は上の子が7歳、下の子が5歳で、夫も仕事が忙しかったためほぼワンオペ状態。医院では担当の患者さんをみながら、チーフとして新人指導も任されていました。とにかく自分のがんばりだけで船を漕いでいる感じで、あっちにもこっちにも目がいって、常に他の人のことばかり考えていたんですよね。ずっと張り詰めていた糸が、突然ぱつんって切れてしまった感覚でした。
もともと私は、自分にも他人にも厳しい性格。どこかでいつも完璧を求めていたんです。家事がちゃんとできていない自分を責めたり、ちょっとしたことですぐ子どもを怒ったり、後輩の動きが遅いと「まだやってないの?」とイライラしたり。患者さんにも頭ごなしに「フロスは絶対にやったほうがいいです」なんて言っていました。もう、0か100かっていう考え方だったんですよ。
ただ、それですべてがうまく回っていたかと言われればそうではなくて。私一人だけががんばっていて、誰もついてきてくれないということも多々ありました。「やればやるほど」「努力すればするほど」というやり方では、母としても歯科衛生士としても続かない。これを機に、考え方をアップデートしなければダメだと思い知らされましたね。
失敗しても、「そんな時もアリだよね」と認め合う
倒れるまで踏ん張った私には何が足りなかったのか。そこをちゃんと見直そうと思い、回復後は心理学を学ぶことに。これが、自分にとってはすごく大きな転機になったんです。
そもそも歯科衛生士の仕事って「対:人」じゃないですか。スタッフにしろ患者さんにしろ、歯ブラシと対話するわけではなくて、人と人とのつながりがあってこそお口の健康は守られていきます。ところが私の場合、結果ばかりを求めて人を変えることに必死で。相手が今どういう状況なのかとかまで、まったく見えていなかったんですよね。院長先生に「医院が変わってくれないとスタッフが辞めちゃいます!」ってわざわざ電話したこともありましたが、先生には医院の経営者という側面もあるし、働く環境を変えるにもできることとできないことがある。人の心理について学んだことで、自分がいかに相手の考えを理解しようとしないまま、責めてばかりだったのかに気付かされたんです。
ちなみに私が倒れてチーフを降りてからは、先生もスタッフもすごく動いてくれるようになりました。「チーフである私が引っ張っていかなければ」と必死でしたが、いなければいないで回る環境はちゃんと作られていくんですよね。自分が変わらなければ人は変わらないし、周りに任せることもある程度は必要。失敗しても「そんな時もアリだよね」と認め合うことの大切さを、今は身にしみて感じています。
歯科衛生士は終わりのないすばらしい職業
今思えば、倒れてしまった数年前は、自分を見失っていたんだと思います。医院のこと、患者さんのこと、家族のことを考えすぎて、「お昼何食べたい?」って聞かれても自分が何を食べたいかわからないほどでしたから。医院を支える一員であり、子どもの親ではあるけれど、自分を忘れない。私じゃなければならないこともあるけれど、私じゃなくていいこともあるんだって、だんだんと切り離せるようになってきています。
それと、最近はいろいろとやりたいことも増えてきたんです。認定も取りたいし、糖尿病指導士の資格も取りたい。専門学校の非常勤講師の話がきたり、学んだ心理学を職場でアウトプットするのも始めています。それは、医院や患者さんのためであり、自分のため。両親に子どもたちを預けて、仙台から東京まで新幹線に乗ってセミナーを受けに行ったりもしているんですよ。
歯科衛生士の仕事は国家資格なので大変な部分はありますが、すごくいい面もたくさんあります。歯の重要性を理解して歯科医院に通うことが生活の一部になれば、病気が治っても、学校を卒業しても、一人の人と一生涯付き合っていける。こういった終わりのない職業って、ほかにはないんじゃないでしょうか。 せっかくがんばって資格を取ったのに、なかにはその楽しさに気づけずに辞めてしまう方もいますよね。これからは自分の経験も踏まえつつ、歯科衛生士のやりがいを伝えながら、若い方の成長をサポートできる存在になっていきたいです。
歯科衛生士は、患者さんの健康を支えることができる国家資格の専門職。ですが結婚や出産などをきっかけに退職し、そのまま歯科の仕事から離れる人も少なくありません。そこで今回は、仕事と家庭のどちらも大切にされている大栁さんに、お話をうかがいました。
インタビューを通して感じたのは、「私たちは歯科衛生士や母親などの役割を持つ前に、一人の人間である」ということです。すべての役割を完璧にこなす必要はなく、自分を大切にしながら、その時々の自分にできることを選択していく。「歯科衛生士としてどう生きるか」ではなく「一人の人間として、自分の人生をどう生きるか」。そんなことを考えるきっかけになった記事でした。