正しい方法より、患者さんが“毎日できる”ことを重視
私が歯科衛生士になる前、通っていた歯医者さんで歯磨きの仕方を教わる機会がありました。手鏡を渡されて磨いたのですが、家で鏡を持ちながら磨くってあまりないですよね。それに歯医者さんは明るいから口の中がよく見えるけれど、家では暗くてどこを磨いているのかわかりづらい。
もちろん、患者さんのためを思っていろいろ教えたいというのはわかります。でもやるなら、家で再現できるようにしたほうがよりよくないですか? だから自分が歯科衛生士になって大事にしているのは、「患者さんに何を伝えるか」ではなく「患者さんが毎日できるかどうか」ということです。
たとえば「1日1回しか歯を磨けない」という方がいて、口腔内に特に問題がなければ、私は「それでいいですよ」と言います。本当は1日2~3回磨いたほうがいいって、患者さんもわかっているんです。でも何らかの理由でできないのであれば、今できているケアを続けてもらいます。
すると、あるタイミングで急に口腔内がキレイになったりするんですよ。「何か変えました?」と尋ねると、「1日2回磨くようになりました」って。やってほしいことを伝えるより、できることを続けてもらったほうが患者さんの気持ちや行動が変わっていきます。
すべて伝えようと頑張らなくていい
患者さんが興味のない状態であれこれ伝えても、受け取ってもらえませんよね。一方的な話は、すぐに忘れられてしまいます。人に言われたからやるっていうのも、絶対に続きません。
それもあって私は、関係性ができあがっていない状態での歯磨き指導はしないんです。もしいつも同じところから出血するといった訴えがあれば、「こうやって歯ブラシを当ててみたらどうでしょう?」とアドバイスはしますけれど。あえて指導する場合は磨き方云々より、毛先が当たる感触を感じ取ってもらうのを大事にしています。
私のスタンスとしては、患者さんの口腔内に炎症がなければいい。歯石もプラークも付いていてOK。完全にプラークフリーにするなんて、誰もできないことですからね。それぐらいの気持ちでちょうどいいんじゃないかなと思っています。
代わりに積極的に伝えているのが、唾液の重要性です。口の中の汚れを洗い流してくれたり、再石灰化を促してくれたり。細菌を抑制する抗菌成分も含まれていて、本当にパワフル! 誰もが分泌するものなので、「よく噛んでしっかり出していきましょう」と話をしています。
“食べられる幸せ”を再認識してもらいたい
多くの人は「いつまでも自分の歯で食べたい」と願っています。でも、歯だけが丈夫だったらいいというものではないですよね。唾液が減ったり飲み込む力が衰えたりすると、食事ができなくなります。たくさんの方が、この“口の衰え”を想像できていないんです。
今は長生きしようと思ったらいろいろな方法があります。でも、胃ろうやベッドの上でずっと過ごす“食べる楽しみがない状態”は誰もが避けたいはず。そこで私は、「5年後10年後に自分の口がどうなっていると思いますか?」とよく問いかけています。口から食べられることはすごく幸せなんだって、みなさんに再確認してもらいたいんです。
体が悪くなってから、慌てて健康を取り戻そうとするのは大変です。何か起きてしまう前に口からできる予防策が実はたくさんある。そのことを広く伝えて、これからも患者さんの元気をしっかり支えていきたいですね!
趣味のテニスでしっかり体を動かすこと。テニスコートで会う友達とのおしゃべりも、いい気分転換になります。